Thursday, March 6

統語論



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統語論」(“syntax”)という言葉の語源は、ギリシャ語のsyntaxisという言葉で、「組み合わせ」あるいは「配列」を意味しています。句や節、文章を作るために言葉を組み合わせる方法について、つまり、ある組み合わせはぴったり当てはまるが、他の組み合わせはそうではないのはどうしてかということを論ずるものです。言い換えれば、統語論とは、文章作成のすべてについて論ずるものです。

世界中のあらゆる言語は(手話でさえ)、それぞれ独自の統語論の原則に従っています。例えば、英語においては、主語動詞目的語という構造が大変一般的な形です。

統語論の専門的な定義を聞いても、それは一体何なのだろう、そして英語を習得するというプロセスにおいて直接、どんな意味をもっているのだろう、と思われるかも知れません。具体的で、身近な例を挙げましょう。

あなたは、TOEIC テストに詳しいのではないかと思います。もしそうなら、そのテストは2つのパートに分かれていることをご存知でしょう。:(1)リスニングと(2)リーディングです。

では、テストのリーディングの箇所を思い出してみてください。このパートのすべての質問に、制限時間75分、つまり1時間15分以内で答えることが要求されます。あなたは、割り当てられたこの時間内にすべての質問の解答を完了させることができますか?

僕はこれまでに、TOEICテストを2回だけ受けました。2回目の受験で僕は満点を取りました。(TOEIC テストに関する僕のおもしろい経験について興味のある方は、この本の巻末の著者紹介を読んでみてください。)僕はまた、そのテストの時間配分やプレッシャーをシミュレーションすることにより、多くの学習者に教えてきました。だから、あなたが時間を計算しながら、文法問題や読解問題を大急ぎで終わらせようとするのがどんな感じか、僕は知っています。そして僕は、どうすればいいのか全く分からないという生徒と一緒に、実際のテストを受けたこともありますが、その生徒はただ問題用紙のページをあちこちめくるばかりで、そうしているうちに制限時間はあっという間に、否応なく終わってしまいます。

リーディングのパートに関して言うと、受験者たちが抱える最大の問題は、メールや広告、通知文などの問題文をすべて読むのに十分な時間がないということです。読む速度を上げるために、僕が教えることのできる具体的なテクニックがいくつかあります。受験者の、時間が足りないという単純な理由は、読み方の悪い癖にあります。正しく読むテクニックを知らないで、十分な時間があることを望んでも全くの無駄です。

機会があれば、このテクニックについて更に深く取り上げたいと思います。しかし、今はTOEICテストのPart 5、つまり主に文法に関する部分について教えることに集中したいと思います。

適切な速読技術を身に付ける前に、習得すべきもうひとつの重要なスキルは、リーディングの最初にあるPart 5の解答の仕方です。これは、Part 5をスムーズに終わらせることができればできるほど、Part 7に長く時間をかけることができるからです。Part 7はテストの最後の一番長い部分で、メールや広告などの問題文がある(配点も高い)箇所です。

まず初めに、はっきりさせてください。:Part 5を非常に速く解答してPart 7に多くの時間をかけても、それだけでは高得点を取るのに十分とは言えません。先ほども言いましたが、そのためには英文を読む際の悪い癖を正す必要があります。しかし、できるだけ速く正確にPart 5を解答することは、非常に重要な最初のステップです。

考えてみてください。あなたがPart 5の文法問題それぞれに解答するのにどれだけの時間がかかりますか?

あなたの答えが何であれ、1つの問題に対して30秒以上ではないことを期待します。通常、時間内にテスト全体を終わらせるためには、これが安全な上限値です。文法問題に対しては概ね30秒、文章読解の問題に対しては概ね50秒です。

ですから、もしあなたが文法問題1問あたりの解答に30秒以上かかっているとしたら、その速度は遅すぎで、あなたの頭の中では既にアラームが鳴っているということです。もしもこのアラームを無視したとしたら、あなたはテストの最後までたどり着くことはできないでしょう。

ひとつ言わせてください。僕の場合、文法問題1問あたりの解答にかかる時間は、30秒でも、15秒でも、10秒でさえもありません。

信じられないかも知れませんが、僕はTOEICの文法問題1問あたり、平均7で答えることができます(マークシートの塗りつぶし時間も考慮)。それによって僕が、テストの他のパートのためにどれだけ時間を節約できるか、想像できますか?

この速度でパート5 (文法問題)を解いた時の正解率は99%100%です。

このことにより、僕はしばしば30分を残してすべての問題の解答を完了させ、その時間で見直しをすることができます。

7 秒?そんなことは不可能だと思われますか?

それは、あなたには統語論の感覚がまだ身についていないからです。


統語論と文法


言語学を学習すれば、統語論とは何なのかについて、とても詳しい説明を聞くことができるでしょう。統語論と文法はよく似ていますが、文法の方がより包括的な意味を持っています。

長い間、「文法」という言葉は厳しい規則を連想させるものでした。文法は学習者にネガティブなイメージを植え付けてきたため、学習者は文法を怖がり、できるだけ避けようとしてきました。しかし、文法に対するこれらの考えいかに退屈で禁止事項が多く、実用的でないかという考えはすべて間違っています。それらは学校の間違った教え方によってもたらされたものなのです。

この点について、僕は英語を母国語としない者としての経験を語りたいと思います。それは国が違っても非常によく似たものだと思います。僕たちが子どもの時、教師の英語の授業の仕方が、僕たちの文法に対する感覚に大きな影響を及ぼしました。そしてそれはその後長年にわたって影響し続けます。言語とは、四角い教室の中だけに限定された、あるいは退屈な教科書の中だけの、何か活気の無いもののように教えられました。教科書を閉じた途端に、英語は役に立たない、想像することさえできないものになってしまいます。

特にアジアの、昔ながらの教師には、授業を一次元的で、相互作用を伴わないものにしてしまう傾向があります。知識を教室外で応用する機会がほとんどないという不幸な現実に加えて、学ぶというプロセス自体が一方的なものになっています。:教師は教えて、教えて、また教えてを繰り返すばかりです。一方、生徒はといえばとにかく従うことだけを期待されます。

このため、英語学習者(特にアジアの)の多くは、記憶することは得意ですが、実際のコミュニケーションが苦手です。言語習得の本当の目的は、他の相手がいる実際の場面で言葉を練習し、使うことだということを、彼らは思いつきもしなかったのです。

このような状況では、文法は別な役割を果たします。生徒をコントロールし、制限するという役割です。文法とは、僕たちが意味深い、社交的な表現を作る時の手助けとなる、ただの一連のパターンなのに、窮屈な拘束着のようなものになっているのです。

これは決して意図してそうなったわけではありません。あなたが本当に英語をよく話せるようになりたいのなら、今こそ、文法--あるいはこちらの表現の方が魅力的に聞こえるなら、統語論--に対する悪いイメージを捨てるべきです。統語論を、あなたの間違いを待ち構えて襲いかかろうとしている怪物としてではなく、誰からも受け入れられるようなスピーチができるよう、あなたの手助けをしてくれる忠実なガイドとして見るようになる必要があります。統語論はあなたにとって必要なもので、それを避けていては言語を習得する道がないのですから、友人になろうとしなければなりません。

TOEICテストのPart 5に戻ると、僕が文法問題に解答する時はいつでも、正しい答えを選択するよう僕を導いてくれるのは、統語論の感覚です。TOEICテストが僕に選ばせたい独特の答えを僕は知っています。また、TOEICテストが僕を混乱させようとしている独特の答えも僕は知っています。

僕は、答えを埋めなければならない空欄の前の単語を見ます。僕にはすぐに正しい答えが分かります。もし空欄の前のヒントが十分でなかったら、空欄の後ろの単語を見ます。

非常に多くの場合、何を答えなければならないかを知るにはこれで十分です先ほど述べた2つの単語以外の語句を読む必要がある場合もあります。一度、文全体を読む必要がある時もあります。ごくまれに、紛らわしい意味を理解するのに、全体を二度読む必要がある場合もあります。

最終的に解答用紙に答えをマークする前に、僕の頭の中には多くの要素や事柄が押し寄せています。僕が答えに対して100%の確信が持てるまで、二重チェックをして確認する手順が頭の中で起こっているのです。いずれにせよ、僕はほとんどの場合、どの答えも7 秒以内で決めています。

びっくりしましたか?どうしてそんなことができるのかと。

それは、僕が統語論の高度な感覚を持っているからです。単語や熟語、句、節がどの位置に来るのかを僕は知っています。何が可能で、何はふさわしくないのか、あるいは何が一般的で、何が通常は使われないのか、何が特別なのか、ということを知っています。僕の頭の中には、英語を作り上げているあらゆる原理原則の膨大な集積があります。そして、僕はそれを非常に素早く実際に使うことができます。

言い換えると、僕は単語をうまく組み合わせることや、互いに関連付けながら正しい順序に並び替えることに精通しています。僕はこれらすべてを、書くこと(例えばエッセイや小説、TOEICなど)にも、話すことにも応用しています。

あなたも英語学習者として、このことに取り組む必要があります。この本はあなたがしっかりと基礎を作り、正しい軌道に乗れるよう、力強い手助けをするものとなるでしょう。統語論に精通するためには、長い時間を要するでしょうが、今始めなければ、いつ始めるつもりですか?

あなたが学ぼうとしている言語の、適切な統語論を学ばずして、どうやってその言語で流暢にコミュニケーションしたいのでしょうか。



統語論と会話


さて、英語を母国語としない人たちの教室に特有のもうひとつの危険について話したいと思います。従来の学習スタイルに関する悪い例に戻ると、日本の学生には、受動的で引っ込み思案、あるいは消極的になるという非常に強い傾向があります。これに加えて、日本の文化と言語は、他と比べてかなり礼儀正しく、非直接的です。

これらはすべて、実際のコミュニケーションを学ぶ中で、大きな障害となっています。僕は、これらが上達の妨げとなっている生徒を、数えきれないほど知っています。

僕は、作家で翻訳家のマキハラクミコさんがニューヨークタイムズ紙の社説欄に投稿された記事を読んだことがあります。「言語が変われば」(“Changing Tongues”)というタイトルでした。その中で彼女は、遂に英語を習得し、自分が理解できたと思えた素晴らしい感覚について、特に同じことが息子にも起きていることを目にした時の素晴らしい感覚について語っていました。

機会があれば、インターネットでこの記事を探してみてください。しかし、今僕がこれを取り上げたのは、僕が会ってきた多くの学習者の間で感じたり、見たりしてきたことについて、マキハラさんが語っている箇所があったからです。彼女は、彼女の息子が自分と全く同じように、英語で話す時、母国語で話す時とは全くの別人のように思えると言います。彼女の息子はより社交的になり、一方マキハラさん自身はより自信を持って、自己主張が強くなります。

僕が取り上げたいのは、この重要なポイントです。もしも、日本人が本当に英語を上手く話したいのなら、まずは古い習慣の残骸を捨て去ることを学ばなければなりません。古い習慣とは、若い頃に頭の中に教え込まれた言語習得の誤った考え方や方法のことです。

しかし、このことは口で言うほど容易ではないと認めなければなりません。というのも、これは個人の性格に深く関わっているからです。そして、性格というのは長い間、文化によって形成されたものです。僕はいつか、外国語習得と性格、あるいは外国語習得と生まれ育った文化との微妙な関係を解明する、より詳細な研究がなされることを期待します。これらの間には、通常考えられているよりも大きな関連がきっとあると僕は思います。

このため、教室の中では、語学の教師の仕事はしばしば、セラピストに近いものになります。僕と他の教師が成し遂げようとしていることは、生徒を子どもとして、その成長を見守るのではなく、その反対で、生徒を大人として、その生活に寄り添う存在となることです。

あらゆる障害を越えて、語学教師たちは教室の授業を、従来とは違った、生き生きとした画期的なものにしていかなければなりません。

一方、あなたは学習者として、従来の学習方法をそのまま自分の中で続けていてはいけません。自分の性格の中に、古い学習方法に当たると思える癖や何かがあれば、それを捨てなければなりません。たとえ自分自身を変えることになろうとも。自分の境界線を越えよう。これは、あなたが外国語、特に英語を本当にマスターできる唯一の方法なのです。

大変であることは知っています。--結局、どうすれば恥ずかしがらずにうまく話ができ、社交的になれるのでしょう?これらのことは、言語習得そのものよりも、人格形成に大きく関わることなのです。

ですから、これらの2つのことは僕たちが考えるよりも、もっと切り離すことができないものなのかも知れません。



TOEICと日本人の傾向


流暢に話せるようになるための障害を取り除くといえば、将来の英語教育に大きな影響を与えるであろう、もうひとつの傾向が現在、日本にあります。それは多くの日本人がTOEICの得点に取りつかれているという傾向です。大企業の中には、志願者や現在の社員に対して、TOEICの点数があるレベルに達していることを要求し始めたところもあるようです。

これらはすべて、何年も前に韓国で起こり、現在日本で起きています。

もしもあなたが本当に、日本の「TOEICマニア」の一人だったら、TOEICに関する最も有名な本は韓国人によって書かれたものだということをご存知だと思います。

これらのことはすべて良いことだと思います。特に今、日本人がコミュニケーションのスキルを磨くことの必要性を本当に理解し始めたからです。少し遅すぎますが、何もしないよりはましです。

しかし、ここで注意してほしいことがあります。あなたが既にTOEICのエキスパートのレベルに達していようと、挫折して、もう辞めようとしている段階にいようと、僕が先ほど述べたことを思い出してください。英語は知識--本の中の知識と言ってもいいですが--だけではありません。むしろ、英語とは、実際の人々との実際のコミュニケーションの場面で、どのように振る舞えるのかということなのです。

アジア人の学習者には、あまり能動的ではない側面の学習を重点的にする傾向があります。そしてそれに満足してしまい、自分の全世界をその中に作ってしまうことさえあります。あまりにもその傾向が強いため、どんなに知識を得ても、それが本から得たものであろうと、数えきれないほどの模擬テストから得たものであろうと、知識を持つことに満足してしまい、それが本当に役にたつのかどうか、わざわざ確かめようとはしないのです。そしてついに、現実の場面に遭遇した時、自分のスキルが十分でないことを知って驚くことがしばしばあります。

このような事態にならないように、頑張って勉強してTOEIC で高得点を取りましょう。でもそこで終わってはいけません。それを最終目的にすべきではありません。TOEIC はスキルを測る手段にすぎず、英語をマスターするために努力することの最終目的ではないのです。

考えてみてください。:僕はたった2回の受験で満点を取りました。僕の同僚の教師は最初の試みで満点を取りました。

真実だから何度でも言います。どんな言語の知識を得ようとも、それを実際に応用するまでは十分とは言えません。実践を伴わない理論は無意味なのです。

そして、話すことは、簡単な言い方をすれば、統語論の応用です。

学習者の話すスキルを高めることを目的とした数冊の本を読めば、このことに気づくでしょう。同じ重要構文を何度も繰り返すドリルが数多くあります。そう、何度も何度も。これは、たとえ知識を持っていても、重要なのはそのことではなく、それを実際の場面で使うことができるようになる必要があるのです。

確かに、この本は英語のさまざまな構造や配列の道筋をあなたに示すでしょう。そして、あなたはしっかりとした良い基礎を身に付けることができるでしょう。しかしそこで終わってしまってはいけません。知識を高め、さらに、その知識を実践に生かす方法を常に見つけていかなければならないのです。


より深いコミュニケーションと自己発見への旅の幸運をお祈りします。



英語学習法の本の題名は〝Eigo Restart! 英語再出発〟です。これは100%日本語に翻訳され、英語を学ぶ際に役に立つ多くの技術やコツが載っています。






Keep on learning !









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