Monday, August 1

ぼくたちは英語がなくても生きていけるだろうか?(Trans. by Maho Suzuki)




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英語の古いことわざにNo man is an island”  (直訳:誰も島ではない。つまり、誰も一人ではいきていけない)というのがある。直訳すると「だれも島ではない」となる。



つまり、この意味は、君がどんなに賢くて、優秀であったとしても、一人きりではいきていけない。誰もがそうであるように、全ての人は誰かを必要としている、ということだ。



近頃になって、このことわざは少し変化した。“No man wants to be an island.” (直訳:誰も島になりたくない。つまり、誰も一人にはなりたくない)直訳すると、「誰も島にはなりたくない」になるが、この意味は「誰も一人にはなりたくない」になる今、私たちの周りで生じている社会的、経済的変化はとても大きく、それを無視したり、止めることは出来ない。その変化は僕達の平穏な日常生活にも関係してくるし、決して他人事ではない。




もし、誰かが、まるで巨大スピーカーの隣で耳を塞ぐようにして、自分の廻りに起きている全ての変化を無視したとすると、それはただ滑稽なだけだ。



もし本当に君が、君の廻りに起こるこうした変化に耳を塞ぎたいなら、あなたはそこからいなくなってしまった方が良い。でも、ここで考えるべきことは、君の行きつく先はどこか?、という事だ。だって、これは世界のどこにでも起こっている事なんだから。もし、君がそこから逃げてしまったとしても、君はまたどこかに他の居場所を見つけなければいけない。



ここで例を挙げよう。例えば、ビジネスマンの一番の関心事は、当然、自分のビジネスの市場を拡張して、より利益を出すことだ。そして、販路を広げるために、その業界のあちらこちらを行き交う必要がある。もし君が本当に自分の会社を市場で競争させて、できる限り発展させたいと願うなら、これは避けられない過程だ。事実、これはただ単に競争だけに特化した問題ではなく、競争の激しい世界経済の中で生き残るために必要な事なんだ。



誰かが楽しむために海外旅行に行ったとしたら、英語が出来る人にとって旅行先はまるで妙薬のようなものだ。つまり、もし旅行に行って現地の人々と交流せず、その国独特の文化を探求しなかったら、本当に意味で旅行を楽しんだとは言えない。だって、これこそが旅行本来の目的だからだ。英語が出来れば、海外で何が起きても困らないし、何より友情を深めるには欠かせないものだ。



最後に、英語が出来ると有利な点は何かと言うと、より多くの情報にアクセスできることだ。みんなも知っているように、インターネットから得られる情報は、現代社会において大きな影響力がある。つまり、インターネットから正確な情報を得られる人々は有力であり、逆にそれを享受できない人は無力になる。



僕は未だにパソコンのキーをたたくだけで、すぐに沢山の情報が得られることを不思議に感じる。いや、でも確かにこれは僕の指先だけで得られる豊富な情報だ。



その瞬間、僕はふっと考える。英語が出来ない為に、この大海原のように溢れる情報にアクセス出来ない人々が世界中にいることを。(翻訳技術の進歩にも関わらず、これほど膨大なコンピューター業界においても英語機能はそれほど発達していないし、これからもそう変わらないだろう)多くの有益な話し合いが、世界中のあちこちでされている。そしてそのアイデアは、雨が矢のように降るよりも早く、私たちの頭上を飛び交っている。でも、未だにその中で自分のアイデアを他の人に伝えたり、共有出来ないでいる人たちがいる。



そう、英語は異なった言語を話す人々にとっての共通語、つまりカギになる。そしてそのカギでドアを開ければ、沢山のチャンスに出会える。そのカギを失えば、少なくとも一つのドアが君の前で閉ざされてしまうんだ。








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